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ブログを書くって、どういうこと?

「ブログを書くといいことが沢山ある。」なんて福袋みたいなものの中身を確認するブログ。

アナログの書き心地とデジタルの機能を持つスマートペン3つ

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あらゆるものをデジタル化する流れの昨今、「物を書く」行為もデジタル化が進んでいる。書きごこちの良いスタイラスペンに、高精度な手書き用アプリ。どれも次々と進化しているが、未だ「紙に近い感覚で書けるデジタルデバイス」と実際「紙に書く」感覚の間には、超えられない壁が存在していると感じる。

 

紙とデジタルの使い分けは?

特にブログを書いている人、すなわち物書きが好きな人or物書きの機会が多い人等は、トピックごとに自分なりの「アナログ」か「デジタル」か、使い分け法があるのではないかと思う。

 

筆者は、人に発信したい内容や会議の議事録等の”共有性”を持たせたい内容はデジタル。あとは、とりとめなくても、書くことで発散するような内容はデジタルで”いつでも書ける/編集しやすい”状態を好む。

一方で、勉強等、頭の中に書く行為を通して記憶したいもの、企画やアイデアの発想もの、毎日開催している”一人会議”等、自分の考えを深めたいがために書くもの等はアナログの方が断然良い。

 

ただ、単純な機能面では、デジタルの可能性の方が圧倒的に幅広いのに対して、アナログでないか得られないペン先が紙の上を滑る感覚は、どうしても捨てがたいところがある。つまり、使い分けてはいるものの、両者一歩も譲らない状態であると感じる。

 

 

今日は、そんな中登場している「アナログの書き心地」と「デジタルの機能性」を併せ持つ、ハイブリッドデバイス達を紹介しよう。

 

 

1. Bamboo Spark

 

こちらが、プロダクトのコンセプトだ。

21世紀のノート術

すばらしいアイデアが浮かんだら、慣れ親しんだ紙とペンで書きとめたくなるでしょう。Bamboo Sparkなら1冊50ページ以下のあなたのお気に入りの紙を使うことができます。Bamboo Sparkのスマートペンでお気に入りの紙に書けば、スマートフォリオがひと筆ごとに保存します。アナログで書いたノートが自動的にデジタル変換され、Bamboo Sparkアプリを使って、いつでも自由にアクセスできるようになります。

「 紙に書く 」という行為はそのまま、

ペン先のひと筆ごとの動きまで保存し、後もどりしたり、追加で編集したりが可能。例えば、ペンで線画だけ書いたところでデジタル同期して、その上に色等を重ねていくこともできる。

 

Bambooと言えばワコムの主力ブランド。ワコムほど”書く”という行為に向き合っている企業は世界中探してもないだろう。ペンタブレット市場をグローバルで独占状態のワコム社だからこその「書く」ことへの研究は、それでも”アナログで書く”という魅力をきちんと理解している。ワコム社はいくつかこういった手書き⇒デジタルデバイスを発売している。

 

www.wacom.com

 

2. Neo Smartpen N2

筆者もこれがクラウドファンディングを行なっている時、支援して製品を真っ先に入手したが、普通の紙に書く内容全てが、リアルタイムでデータ化されるという夢のコンセプトだ。

 

しかも何が凄いって、これ

illustratorベクターデータにしてくれる。

 

イラストレーターやデザイナー等にとっては、かなり使い勝手がよく、重宝されるペンじゃないかと思う。

 

更に、すごいのは、この製品のペン先は本当に普通のペン。というのがこれまたミソである。ペンのインクが切れたときは、特別な専用カートリッジが必要なわけでもなく、町の文房具屋でボールペンの芯を替えばいいだけなのだ。

 

一方で、少しマイナスなのが、紙は専用だということ。ペンさえあれば、どこでも何にでも書けるのかと期待したが、ペンの位置判別用に細かい模様の入った特殊な紙でないと動作はしない。模様といってもほとんど気にならないレベルのものだが、いかんせん紙が切れたら書けないし、紙のサイズも専用用紙に限定されてしまう。

 

3. LiveScribe 3 SMARTPEN

 

書きながら音声録音機能も使えるスマートペン。例えば電話の内容等を記録する時に聞き逃しも防ぐことができる。

また、筆跡によって音声の再生位置も判別できるため、書いている時にどんなやりとりがあったか、という振り返りができる。

 

 

まとめ

いかがだっただろうか。

日頃の「書く」という行為をエンハンスするために、是非とも試しに使ってみてもらいたい。人間がいくら進化しようが、コンピュータに仕事を任せようが、「書く」という行為はずっと続いていくことだろうと思う。